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竹内浩三みゅーじあむBLOG

by 竹内浩三プロジェクト
11月23日 竹内浩三と伊勢 @伊勢市立図書館
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    あんずです。11月23日 好天の伊勢にいってきました。

    午前中に、レンタサイクルを借りて「伊勢高校」へ。


    校門の門柱が、宇治山田中学のものを移築したそうです。
    門柱と握手してきました。

    河崎蔵で、「めひびうどん」を食べて、図書館へ。

    2階小部屋が展示室




    13時半からの講演会は、定員70名を超えるほどの大盛況でした。


    急遽、伊勢市長も一部参加されました。浩三さんのことを認知していただけたことと思います。
    奥村さんからは、「伊勢は神宮しかないのかとよくいわれます。伊勢出身の文化人をもっとしってほしいですと」とくに市長にむけてのメッセージがありました。

    竹内呉服店のことをまだ、覚えている世代のいらっしゃるうちに浩三さんがふたたび伊勢で、活躍してほしいと改めて思いました。

    松島こうさんもご参加!


    | - | 21:31 | - | - | - | - |
    9月20日竹内浩三研究会@松阪
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      あんず@京都



      竹内浩三研究会の簡単な報告をします。

      竹内浩三研究会例会(第14回)

      2010年9月20日(月)13時半より16時半

      会場 本居宣長記念館2階  

      参加者 16人


      1 「戦時下の文学と日記」皇學館大學4年生山口さんの報告

      戦争とその文学を知ることからはじめたいと22歳の素直な想いから
      はじめて、筑波日記を書いた浩三さんの気持ちを考察する卒業論文への
      第一稿。
      さらに、考察を深めて卒論を仕上げて、また研究会で発表してほしい
      と思います。
      山口さんは中学のとき、森節子さんの学校での展示により浩三さんと
      であったそうです。森節子さんの想いが繋がっていますね。
         
      2 「竹内浩三と宇治山田中学 その2」

      伊勢河崎の古本屋さん ぽらんの奥村薫さんの発表。

      「竹内浩三展藤原書店の全集「日本がみえない」に、一部が掲載されて
      いる浩三の宇治山田中学時代の日記は新学生日記1938」で、
      全集に「謹慎日記」とあるように、柔道家佐藤先生宅に身柄預りとなった
      ときの日記です。
      前年の「1937 登用日記」(2007年伊勢人P44)の考察が、
      5月の研究会でされました。
      今回は、その2冊のわずか1年の日記の「違い」に着目して、
      浩三の変化を考察されました。

      また、1938年日記には巻末の「作家の一覧表」が付記されいます。
      「現代文士 小説 評論 大衆小説 詩 」
      「現代美術家 漫画挿絵」
      「洋楽家」
      に分類されて、作家名が並んでいます。浩三がその名前の前に丸印を
      つけています。おそらく、この日記を購入した前年のおわりかこの年
      のはじめに、好き、嫌いというより、知っている人に丸をつけたので
      はないでしょうか?
      大衆小説の作家欄には、すべて丸がついていますが、
      なんと詩の北園克衛 萩原朔太郎 三好達治などには丸がありまん。

      この年のはじめには、詩にあまり興味のなかったようですが、12月には
      初の同人誌「北方の蜂」創刊し、6篇の詩を載せているのです。
      この年の教師や友人との交わりが、後の「伊勢文学」や「筑波日記」に
      つながっていったことが推察されます。

      今後、土屋陽一さんや浜地小十郎さんの日記などの発見が待ち望まれるところです。


         
      3 「竹内浩三と伊勢 展示とシンポジウム」@伊勢市図書館

       八月に、郷土資料館での展示が予定されていましたが、耐震工事のため延期となり、岡田美代子さんらの尽力で、伊勢市図書館での開催が決定されました。

       伊勢市図書館より館長さん他2名の方が研究会に参加されました。

      会期 11月20日から28日

      11月23日 視聴覚教室(定員90名)

       基調講演 藤田明さん 
              
       シンポジウム コメンテーター 渡辺正也さん 奥村薫さん


      伊勢市内での、資料展示ははじめてということです。伊勢文学 10冊が、野村一雄さんより伊勢市図書館に寄贈されいますから、それらも初公開ということになります。

      この展示を期に、新たな資料や証言が発見されることを願います。

      次回は、11月23日のシンポジウムを例会とします。
      多数、ご参加ください。

      翌日のお墓参り登山は
      以下で
      http://miteikou.exblog.jp/i12/
      | - | 09:08 | - | - | - | - |
      宇治橋
      0
         新年明けましておめでとうございます。

         波乱含みの年明け、景気回復を祈る人々や、3年後の式年遷宮を控え先んじて新しくなった宇治橋の欄干をなでながら往復する人々などでにぎわっておりました。
         式年遷宮とは、神宮がその建物をはじめ形あるものを20年に一度新たにし永遠の命へとつなげようとする儀式です。
         まず俗界と神宮域をつなぐ宇治橋が先陣を切って完成。去る11月3日に渡始式が行われました。

         伊勢神宮のお膝元で生まれた竹内浩三は日大芸術学部に進みつかの間の東京暮らしを謳歌するも、徴兵検査・繰上げ卒業と追われ、下宿をたたんで入営、送り返した荷の中の1冊の本に書きこまれていたのが「宇治橋」の詩・・・

        「宇 治 橋」           
        ながいきをしたい
        いつかくる宇治橋のわたりぞめを
        おれたちでやりたい
        ながいとしつき愛しあった
        嫁女(よめじょ)ともども
        息子夫婦ともども
        花のような孫夫婦にいたわられ 
        おれは宇治橋のわたりそめをする
        ああ 
        おれは宇治橋をわたっている 
        花火があがった
        さあ おまえ 
        わたろう
        一歩一歩 この橋を
        泣くでない
        えらい人さまの御前だ
        さあ、おまえ
        ぜひとも ながいきをしたい

         浩三さんはルソン島で戦死、60有余年を経て、1号に「宇治橋」の画像と詩、2号に選ばれた三代の夫婦が渡始をする写真を大きく掲載した「お伊勢さんニュース」が伊勢の各所で配布されています。

         この大胆な対比を目にした興奮と衝撃を、年頭のご挨拶に代えてお知らせいたします。
         
         ちっちゃい子どもの頃に一度だけ渡始を経験しただろう浩三さん、生きていたら88歳になる浩三さんの代わりに、残された「ことば」がゆらゆらとひょうひょうと宇治橋あたりを行ったりきたりしているかのように思えました・・・。

         ・・・神宮が空気のように身近にある伊勢人(いせびと)ならではの感じ方かもしれません。だって神宮の神域を歩くと、土宮(つちのみや)、風宮(かぜのみや)、月夜見宮(つきよみのみや)、荒祭宮(あらまつりのみや)、風日祈宮(かざひのみや)などそこかしこにあり・・・これまであまり言葉にして考えることなどありませんでしたが、いわば自然を畏れ祈り敬うという原初的な敬虔な気持ちが萌すとでもいいましょうか、言葉にするならそんな経験が伊勢人にはあるのではと思います。

         ・・・御魂(みたま)、八百万の神々とともに蘇り、はらからの罪とがを暴き、生きとし生けるものの生命をぞ守りたまえ。

         あまりに興奮したので、お伊勢さんニュースの編集発行元(雑誌「伊勢人」やカレンダー「伊勢講ごよみ」の版元でもある)「伊勢文化舎」さんに読者の便りをしてしまい、お正月には直接お会いしておお礼を言う機会を得ました。

         代表の中村さんはやはり伊勢人でした。浩三さんが残した「ことば」の数々を守り、見出し、伝え、数々の人々がその感じ方でまた新たに表現し、人々に伝えておられます。中村さんも事業の中でそれを行っておられるおひとりでした。

         30年近くも伊勢志摩に根ざし文化的な発信を続けてこられた結果が、今回の「宇治橋」が宇治橋を渡始するお伊勢さんニュース1,2号に結実したのだと思います。
         http://www.sengu.info/images/isenews_02.pdf
        「宇治橋」が宇治橋を渡始する映像は、この一月ほど私の頭の中で動画となってさんざめき、ちょっともてあますほど! 
         みなさまにもそのさざめきの一端お伝えして、長々のお年始とさせていただきます・・・。 
         ありがとうございました! 
         2010.1.5
                (たけうち みわ)  
        | 日記 | 23:02 | - | - | - | - |
        ひょんと青春 26日まで!
        0
          ああ もう今週で「ひょんと青春」も終わってしまいます。
          もう一回いきたかったなあ。青春18が、9月いっぱいあればいいのに!

          9月6日 竹内浩三研究会で、展示説明がありました。


          まず、浩三さんが「大正モダニズム」の洗礼を受けてという検証として
          横光利一 川端康成 北川冬彦の蔵書があげられていました。
          北川冬彦の「培養土」には、梶井基次郎の「桜の下には」が収録されあり、
          この「培養土」に浩三さんは、「宇治橋」の詩を書きこんだのです。

          シュールレアリズムを揶揄するまんが


          油絵、


          油絵1

          東京のスケッチ



          山中時代の「当用日記」より

            エー天気だと ふとんの中。
            九時がなった。
            飯を食った。
            シンブンシ。
            ダクダイするといかんので
            半生懸命ベンキオだ。
            ラクダイせんやうに せんやうに
            なむナントカ大ボサツ

          ああ 浩三さんはたのしいなあ

          浩三さんの子供の頃の羽織
           
           ちいささに、胸がつまる。
           5歳の式に、これをきて「碁盤」の上にのっていたと
           こうさんの証言。
           紋は、橘。花のまわりの○がない分家の紋。
           5歳のとき もうすでに浩三さんの将来を思い、お母さんが
           分家させていたのだという。

          山中時代、浩三さんが製本した「竹内浩三作品集」を
          千枝さんが、めくってみせて下さいました!
          赤で、彩色してあるページも多くあり、目を見ひらいて凝視しました。
          すごく おもしろい!保存状態もいい。
          「このまんま復刻版で出版できるくらいだ!」と思いました。

          ああ また 御目文字できますように・・・。





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          すてきな書画展
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            空襲展会場の入口に展示されていた地元の書家、中瀬古たまみさんの作品がみごとでした。写真でごらんください。







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